ようござる。及《およ》ばずながら愚老《ぐろう》が看護《かんご》して居《い》る以上《いじょう》、手落《ておち》はいたさぬ考《かんが》えじゃ」
「何分共《なにぶんとも》にお願《ねが》い申上《もうしあ》げます」
 一|同《どう》は足音《あしおと》を忍《しの》ばせて、襖《ふすま》の開《あ》けたてにも気《き》を配《くば》りながら、次《つぎ》の間《ま》へ出《で》て行《い》った。
 暫《しば》し、鉄瓶《てつびん》のたぎる音《おと》のみが、部屋《へや》のしじまに明《あか》るく残《のこ》された。
「御内儀《ごないぎ》」
 玄庵《げんあん》の声《こえ》は、低《ひく》く重《おも》かった。
「はい」
「お気《き》の毒《どく》でござるが、太夫《たゆう》はもはや、一|時《とき》の命《いのち》じゃ」
「えッ」
「いや静《しず》かに。――ただ今《いま》、脈《みゃく》に力《ちから》が出《で》たようじゃと申上《もうしあ》げたが、実《じつ》は他《た》の方々《かたがた》の手前《てまえ》をかねたまでのこと。心臓《しんぞう》も、微《かす》かに温《ぬく》みを保《たも》っているだけのことじゃ」
「それではもはや」
 おむらの、今《いま》まで辛抱《しんぼう》に辛抱《しんぼう》を重《かさ》ねていた眼《め》からは、玉《たま》のような涙《なみだ》が、頬《ほほ》を伝《つたわ》って溢《あふ》れ落《お》ちた。
 やがて、香煙《こうえん》を揺《ゆる》がせて、恐《おそ》る恐《おそ》る襖《ふすま》の間《あいだ》から首《くび》を差出《さしだ》したのは、弟子《でし》の菊彌《きくや》だった。
「お客様《きゃくさま》でございます」
「どなたが」
「谷中《やなか》のおせん様《さま》」
「えッ、あの笠森《かさもり》の。……」
「はい」
「太夫《たゆう》は御病気《ごびょうき》ゆえ、お目《め》にかかれぬと、お断《ことわ》りしておくれ」
 するとその刹那《せつな》、ぱっと眼《め》を開《あ》いて菊之丞《きくのじょう》の、細《ほそ》い声《こえ》が鋭《するど》く聞《きこ》えた。
「いいよ。いいから、ここへお通《とお》し。――」

    六

 初霜《はつしも》を避《さ》けて、昨夜《さくや》縁《えん》に上《あ》げられた白菊《しらぎく》であろう、下葉《したは》から次第《しだい》に枯《か》れてゆく花《はな》の周囲《しゅうい》を、静《しず》かに舞《ま》っている一
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