よしちょうどお》りを左《ひだり》へ、おやじ橋《ばし》を渡《わた》って、牛《うし》の歩《あゆ》みよりもゆるやかに進《すす》んでいた。
 菊之丞《きくのじょう》の駕籠《かご》を一|町《ちょう》ばかり隔《へだ》てて、あたかも葬式《そうしき》でも送《おく》るように悵然《ちょうぜん》と首《くび》を垂《た》れたまま、一|足毎《あしごと》に重《おも》い歩《あゆ》みを続《つづ》けていたのは、市村座《いちむらざ》の座元《ざもと》羽左衛門《うざえもん》をはじめ、坂東《ばんどう》彦《ひこ》三|郎《ろう》、尾上《おのえ》菊《きく》五|郎《ろう》、嵐《あらし》三五|郎《ろう》、それに元服《げんぷく》したばかりの尾上松助《おのえまつすけ》などの一|行《こう》であった。
 いずれも編笠《あみがさ》で深《ふか》く顔《かお》を隠《かく》したまま、眼《め》をしばたたくのみで、互《たがい》に一|言《ごん》も発《はっ》しなかったが、急《きゅう》に何《なに》か思《おも》いだしたのであろう。羽左衛門《うざえもん》は、寂《さび》しく眉《まゆ》をひそめた。
「松助《まつすけ》さん」
「はい」
「お前《まえ》さんは、折角《せっかく》だが、ここから帰《かえ》る方《ほう》がいいようだの」
「なぜでございます」
「不吉《ふきつ》なことをいうようだが、浜村屋《はまむらや》さんはひょっとすると、あのままいけなくなるかも知《し》れないからの」
「ええ滅相《めっそう》な。左様《さよう》なことがおますかいな」
 そういって眼《め》をみはったのは嵐《あらし》三五|郎《ろう》であった。
「いや、わたしとて、太夫《たゆう》に元《もと》のようになってもらいたいのは山々《やまやま》だが、今《いま》までの太夫《たゆう》の様子《ようす》では、どうも難《むず》かしかろうと思《おも》われる。縁起《えんぎ》でもないことだが、ゆうべわたしは、上下《じょうげ》の歯《は》が一|本《ぽん》残《のこ》らず、脱《ぬ》けてしまった夢《ゆめ》を見《み》ました。情《なさけ》ないが、所詮《しょせん》太夫《たゆう》は助《たす》かるまい」
 羽左衛門《うざえもん》はそういって、寂《さび》しそうに眉《まゆ》をひそめた。

    五

 夢《ゆめ》から夢《ゆめ》を辿《たど》りながら、更《さら》に夢《ゆめ》の世界《せかい》をさ迷《まよ》い続《つづ》けていた菊之丞《はまむらや》は
前へ 次へ
全132ページ中122ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング