おいらァ誰《だれ》が好きだといって、浜村屋《はまむらや》の太夫《たゆう》くれえ、好《す》きな役者衆《やくしゃしゅう》はねえんだよ。芸《げい》がよくって愛嬌《あいきょう》があって、おまけに自慢気《じまんげ》なんざ薬《くすり》にしたくもねえッてお人《ひと》だ。――どこが悪《わる》くッて、どう倒《たお》れたんだか、さ、そこをおいらに、委《くわ》しく話《はな》して聞《き》かしてくんねえ」
 どやしつけられた、背中《せなか》の痛《いた》さもけろりと忘《わす》れて、伝吉《でんきち》は、元結《もとゆい》が輪《わ》から抜《ぬ》けて足元《あしもと》へ散《ち》らばったのさえ気付《きづ》かずに夢中《むちゅう》で長兵衛《ちょうべえ》の方《ほう》へ膝《ひざ》をすり寄《よ》せた。
「丁度《ちょうど》二|番目《ばんめ》の、所作事《しょさごと》の幕《まく》に近《ちけ》え時分《じぶん》だと思《おも》いねえ。知《し》っての通《とお》りこの狂言《きょうげん》は、三五|郎《ろう》さんの頼朝《よりとも》に、羽左衛門《うざえもん》さんの梶原《かじわら》、それに太夫《たゆう》は鷺娘《さぎむすめ》で出《で》るという、豊前《ぶぜん》さんの浄瑠璃《じょうるり》としっくり合《あ》った、今度《こんど》の芝居《しばい》の呼《よ》び物《もの》だろうじゃねえか。はね[#「はね」に傍点]に近《ちか》くなったって、お客《きゃく》は唯《ただ》の一人《ひとり》だって、立《た》とうなんて料簡《りょうけん》の者《もの》ァねえやな。舞台《ぶたい》ははずむ、お客《きゃく》はそろって一|寸《すん》でも先《さき》へ首《くび》を出《だ》そうとする。いわば紙《かみ》一|重《え》の隙《すき》もねえッてとこだった。どうしたはずみか、太夫《たゆう》の踊《おど》ってた足《あし》が、躓《つまず》いたようによろよろっとしたかと思《おも》うと、あッという間《ま》もなく、舞台《ぶたい》へまともに突《つ》ッ俯《ぷ》しちまったんだ。――客席《きゃくせき》からは浜村屋《はまむらや》ッという声《こえ》が、石《いし》を投《な》げるように聞《き》こえて来《く》るかと思《おも》うと、御贔屓《ごひいき》の泣《な》く声《こえ》、喚《わめ》く声《こえ》、そいつが忽《たちま》ち渦巻《うずまき》になって、わッわッといってるうちに、道具方《どうぐかた》が気《き》を利《き》かして幕《まく》を引
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