折《ゆびお》り数《かぞ》えていた、仮名床《かなどこ》の亭主《ていしゅ》伝吉《でんきち》は、いきなり、息《いき》がつまるくらい荒《あら》ッぽく、拳固《げんこ》で背中《せなか》をどやしつけられた。
「痛《いて》ッ。――だ、だれだ」
「だれだじゃねえや、てえへんなことがおっ始《ぱじ》まったんだ。子丑寅《ねうしとら》もなんにもあったもんじゃねえ。あしたッから、うちの小屋《こや》は開《あ》かねえかも知《し》れねえぜ」
 火事場《かじば》の纏持《まといもち》のように、息《いき》せき切《き》って駆《か》け込《こ》んで来《き》たのは、同《おな》じ町内《ちょうない》に住《す》む市村座《いちむらざ》の木戸番《きどばん》長兵衛《ちょうべえ》であった。
 伝吉《でんきち》はぎょっとして、もう一|度《ど》長兵衛《ちょうべえ》の顔《かお》を見直《みなお》した。
「な、なにがあったんだ」
「なにがも、かにがもあるもんじゃねえ、まかり間違《まちが》や、てえした騒《さわ》ぎになろうッてんだ。おめえンとこだって、芝居《しばい》のこぼれを拾《ひろ》ってる家業《かぎょう》なら、万更《まんざら》かかり合《あい》のねえこともなかろう。こけ[#「こけ」に傍点]が秋刀魚《さんま》の勘定《かんじょう》でもしてやしめえし、指《ゆび》なんぞ折《お》ってる時《とき》じゃありゃァしねえぜ」
「いってえ、どうしたッてんだ、長《ちょう》さん」
「おめえ、まだ判《わか》らねえのか」
「聞《き》かねえことにゃ判《わか》らねえや」
「なんて血《ち》のめぐりが悪《わる》く出来《でき》てるんだ。――浜村屋《はまむらや》の太夫《たゆう》が、舞台《ぶたい》で踊《おど》ってたまま倒《たお》れちゃったんだ」
「何《な》んだッてそいつァおめえ、本当《ほんとう》かい」
「おれにゃ、嘘《うそ》と坊主《ぼうず》の頭《あたま》ァいえねえよ。――仮《かり》にもおんなじ芝居《しばい》の者《もの》が、こんなことを、ありもしねえのにいって見《み》ねえ。それこそ簀巻《すまき》にして、隅田川《すみだがわ》のまん中《なか》へおッ放《ぽ》り込《こ》まれらァな」
「長《ちょう》さん」
「ええびっくりするじゃねえか。急《きゅう》にそんな大《おお》きな声《こえ》なんざ、出《だ》さねえでくんねえ」
「何《なに》をいってるんだ。これがおめえ、こそこそ話《ばなし》にしてられるかい。
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