…」
「ど、どういたしやして、鼠《ねずみ》なんぞた申《もう》しゃしません。若旦那《わかだんな》にはこれからも、鼠《ぬずみ》のように、チウ義《ぎ》をおつくし申《もう》せと、こう申《もう》したのでございます」
「お前《まえ》は口《くち》が上手《じょうず》だから。……」
「口《くち》はからきし下手《へた》の皮《かわ》、人様《ひとさま》の前《まえ》へ出《で》たら、ろくにおしゃべりも出来《でき》る男《おとこ》じゃござんせんが、若旦那《わかだんな》だけは、どうやら赤《あか》の他人《たにん》とは思《おも》われず、ついへらへらとお喋《しゃべ》りもいたしやす。――ねえ若旦那《わかだんな》。どうかおせんに、二十五|両《りょう》だけ、貸《か》してやっておくんなせえやし」
「何《なに》、二十五|両《りょう》。――」
「江戸《えど》で名代《なだい》の橘屋《たちばなや》の若旦那《わかだんな》。二十五|両《りょう》は、ほんのお小遣《こづかい》じゃござんせんか」
 千|吉《きち》はそういいながら、ふところ深《ふか》くひそませた、おせんのふみを取《と》りだした。
   ありがたく存《ぞん》じ候《そうろう》 かしこ
           せん  より
 若旦那《わかだんな》さま
 ふみのおもては、ただこれだけだった。

    三

 朝《あさ》っぱらの柳湯《やなぎゆ》は、町内《ちょうない》の若《わか》い者《もの》と、楊枝削《ようじけず》りの御家人《ごけにん》と道楽者《どうらくもの》の朝帰《あさがえ》りとが、威勢《いせい》のよしあしを取《とり》まぜて、柘榴口《ざくろぐち》の内《うち》と外《そと》とにとぐろを巻《ま》いたひと時《とき》の、辱《はじ》も外聞《がいぶん》もない、手拭《てぬぐい》一|本《ぽん》の裸絵巻《はだかえまき》を展《ひろ》げていたが、こんな場合《ばあい》、誰《だれ》の口《くち》からも同《おな》じように吐《は》かれるのは、何吉《なにきち》がどこの賭場《とば》で勝《か》ったとか、どこそこのお何《なに》が、近頃《ちかごろ》誰《だれ》にのぼせているとか、さもなければ芝居《しばい》の噂《うわさ》、吉原《よしわら》の出来事《できごと》、観音様《かんのんさま》の茶屋女《ちゃやおんな》の身《み》の上《うえ》など、おそらく口《くち》を開《ひら》けば、一|様《よう》におのれの物知《ものし》りを、少《すこ》し
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