り》に気《き》を配《くば》りながら、胸《むね》一|杯《ぱい》に抱《かか》え出《だ》したのは、つい三日前《みっかまえ》の夜《よる》、由斎《ゆうさい》の許《もと》から駕籠《かご》に乗《の》せて届《とど》けてよこした、八百|屋《や》お七の舞台姿《ぶたいすがた》をそのままの、瀬川菊之丞《せがわきくのじょう》の生人形《いきにんぎょう》であった。
 おせんは抱《かか》えた人形《にんぎょう》を、東《ひがし》に向《む》けて座敷《ざしき》のまん中《なか》に立《た》てると、薄月《うすづき》の光《ひかり》を、まともに受《う》けさせようがためであろう。音《おと》せぬ程《ほど》に、窓《まど》の障子《しょうじ》を徐《しずか》に開《あ》け始《はじ》めた。
 庭《にわ》には虫《むし》の声《こえ》もなく、遠《とお》くの空《そら》を渡《わた》る雁《かり》のおとずれがうつろのように、耳《みみ》に響《ひび》いた。
「吉《きち》ちゃん。――いいえ、太夫《たゆう》、あたしゃ会《あ》いとうござんした」
 生《い》きた相手《あいて》にいう如《ごと》く、如何《いか》にもなつかしそうに、人形《にんぎょう》を仰《あお》いだおせんの眼《め》には、情《なさけ》の露《つゆ》さえ仇《あだ》に宿《やど》って、思《おも》いなしか、声《こえ》は一|途《ず》にふるえていた。
「――朝《あさ》から晩《ばん》まで、いいえ、それよりも、一|生涯《しょうがい》、あたしゃ太夫《たゆう》と一|緒《しょ》にいとうござんすが、なんといっても、お前《まえ》は今《いま》を時《とき》めく、江戸《えど》一|番《ばん》の女形《おやま》。それに引《ひ》き換《か》えあたしゃそこらに履《は》き捨《す》てた、切《き》れた草鞋《わらじ》もおんなじような、水茶屋《みずぢゃや》の茶汲《ちゃく》み娘《むすめ》。百夜《ももよ》の路《みち》を通《かよ》ったとて、お前《まえ》に逢《あ》って、昔話《むかしばなし》もかなうまい。それゆえせめての心《こころ》から、あたしがいつも夢《ゆめ》に見《み》るお前《まえ》のお七を、由斎《ゆうさい》さんに仕上《しあ》げてもらって、ここまで内緒《ないしょ》で運《はこ》んだ始末《しまつ》。お前《まえ》のお宅《たく》にくらべたら、物置小屋《ものおきごや》にも足《た》りない住居《すまい》でござんすが、ここばっかりは、邪間《じゃま》する者《もの》もない二人《ふ
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