》やら分《わか》らないままに、おせんの頼《たの》みを堅《かた》く守《まも》って、お岸《きし》は、鬼門《きもん》へ触《さわ》るように恐《おそ》れていた座敷《ざしき》だったが、留守《るす》に誰《だれ》かが這入《はい》ったと聞《き》いては、流石《さすが》にあわてずにいられなかったらしく、拵《こし》らえかけの蜆汁《しじみじる》を、七|厘《りん》へ懸《か》けッ放《ぱな》しにしたまま、片眼《かため》でいきなり窺《のぞ》き込《こ》んだのであろう。
部屋《へや》の中《なか》は、窓《まど》から差《さ》すほのかな月《つき》の光《ひかり》で、漸《ようや》く物《もの》のけじめがつきはするものの、ともすれば、入《い》れ換《か》えたばかりの青畳《あおだたみ》の上《うえ》にさえ、暗《くら》い影《かげ》が斜《なな》めに曳《ひ》かれて、じっと見詰《みつ》めている眼先《めさき》は、海《うみ》のように深《ふか》かった。
母《はは》は直《す》ぐに勝手《かって》へ取《と》って返《かえ》したと見《み》えて、再《ふたた》び七|厘《りん》の下《した》を煽《あお》ぐ渋団扇《しぶうちわ》の音《おと》が乱《みだ》れた。
暗《くら》い、何者《なにもの》もはっきり見《み》えない部屋《へや》の中《なか》で、おせんはもう一|度《ど》、じっと鏡《かがみ》の中《なか》を見詰《みつ》めた。底光《そこびかり》のする鏡《かがみ》の中《なか》に、澄《す》めば澄《す》む程《ほど》ほのかになってゆく、おのが顔《かお》が次第《しだい》に淡《あわ》く消《き》えて、三日月形《みかづきがた》の自慢《じまん》の眉《まゆ》も、いつか糸《いと》のように細《ほそ》くうずもれて行《い》った。
「吉《きち》ちゃん。――」
ふと、鏡《かがみ》のおもてから眼《め》を放《はな》したおせんの唇《くちびる》は、小《ちい》さく綻《ほころ》びた。と同時《どうじ》に、すり寄《よ》るように、体《からだ》は戸棚《とだな》の前《まえ》へ近寄《ちかよ》った。
「済《す》みません。ひとりぽっちで、こんなに待《ま》たせて。――」
そういいながら、おせんのふるえる手《て》は襖《ふすま》の引手《ひきて》を押《おさ》えた。
五
部屋《へや》の中《なか》は益々《ますます》暗《くら》かった。
その暗《くら》い部屋《へや》の片隅《かたすみ》へ、今《いま》しもおせんが、辺《あた
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