んごさゆう》をおッ取《と》り巻《ま》いて、買《か》うも買《か》わぬも一|様《よう》にわッわッと囃《はや》したてる賑《にぎ》やかさ、長屋《ながや》の井戸端《いどばた》で、一|心不乱《しんふらん》に米《こめ》を磨《と》いでいたお上《かみ》さん達《たち》までが、手《て》を前《まえ》かけで、拭《ふ》きながら、ぞろぞろつながって出《で》てくる有様《ありさま》は、流石《さすが》に江戸《えど》は物見高《ものみだか》いと、勤番者《きんばんもの》の眼《め》の玉《たま》をひっくり返《かえ》さずにはおかなかった。
「――さァさ来《き》た来《き》た、こっちへおいで、高《たか》い安《やす》いの思案《しあん》は無用《むよう》。思案《しあん》するなら谷中《やなか》へござれ。谷中《やなか》よいとこおせんの茶屋《ちゃや》で、お茶《ちゃ》を飲《の》みましょ。煙草《たばこ》をふかそ。煙草《たばこ》ふかして煙《けむ》だして、煙《けむ》の中《なか》からおせんを見《み》れば、おせん可愛《かあい》や二九からぬ。色気《いろけ》程《ほど》よく靨《えくぼ》が霞《かす》む。霞《かす》む靨《えくぼ》をちょいとつっ突《つ》いて、もしもしそこなおせん様《さま》。おはもじながらここもとは、そもじ思《おも》うて首《くび》ッたけ、烏《からす》の鳴《な》かぬ日《ひ》はあれど、そもじ見《み》ぬ日《ひ》は寝《ね》も寝《ね》つかれぬ。雪駄《せった》ちゃらちゃら横眼《よこめ》で見《み》れば、咲《さ》いた桜《さくら》か芙蓉《ふよう》の花《はな》か、さても見事《みごと》な富士《ふじ》びたえ。――さッさ買《か》いなよ買《か》わしゃんせ。土平《どへい》自慢《じまん》の人参飴《にんじんあめ》じゃ。遠慮《えんりょ》は無用《むよう》じゃ。買《か》わしゃんせ。買《か》っておせんに惚《ほ》れしゃんせ」
 手振《てぶ》りまでまじえての土平《どへい》の唄《うた》は、月《つき》の光《ひかり》が冴《さ》えるにつれて、愈《いよいよ》益々《ますます》面白《おもしろ》く、子供《こども》ばかりか、ぐるりと周囲《しゅうい》に垣《かき》を作《つく》った大方《おおかた》は、通《とお》りがかりの、大人《おとな》の見物《けんぶつ》で一|杯《ぱい》であった。
「はッはッはッ。これが噂《うわさ》の高《たか》い土平《どへい》だの。いやもう感心《かんしん》感心《かんしん》。この咽《のど》では
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