》と念《ねん》を押《お》しとくぜ」
「よう判《わか》りました。この上《うえ》の御迷惑《ごめいわく》はおかけしまへんよって。……」
「はッはッはッ」と、今《いま》まで座敷《ざしき》の隅《すみ》に黙《だま》りこくっていた松《まつ》五|郎《ろう》が、急《きゅう》に煙管《きせる》をつかんで大笑《おおわら》いに笑《わら》った。
「どうした松《まつ》つぁん」
「どうもこうもありませんが、あんまり話《はなし》が馬鹿気《ばかげ》てるんで、とうとう辛抱《しんぼう》が出来《でき》なくなりやしたのさ。――師匠《ししょう》、ひとつあっしに、ちっとばかりしゃべらしておくんなせえ」
「何《な》んとの」
「身《み》に降《ふ》りかかる話《はなし》じゃねえ。どうせ人様《ひとさま》のことだと思《おも》って、黙《だま》って聴《き》いて居《お》りやしたが。――もし堺屋《さかいや》さんのお上《かみ》さん、つまらねえ焼《や》きもちは、焼《や》かねえ方《ほう》がようがすぜ」
「なにいいなはる」
「なにも蟹《かに》もあったもんじゃねえ。蟹《かに》なら横《よこ》にはうのが近道《ちかみち》だろうに、人間《にんげん》はそうはいかねえ。広《ひろ》いようでも世間《せけん》は狭《せめ》えものだ。どうか真《ま》ッ直《すぐ》向《む》いて歩《ある》いておくんなせえ」
「あんたはん、どなたや」
「あっしゃァ松《まつ》五|郎《ろう》という、けちな職人《しょくにん》でげすがね。お前《まえ》さんの仕方《しかた》が、あんまり情《なさけ》な過《す》ぎるから、口《くち》をはさましてもらったのさ。知《し》らなきゃいって聞《き》かせるが、笠森《かさもり》のおせん坊《ぼう》は、男嫌《おとこぎら》いで通《とお》っているんだ。今《いま》さらお前《まえ》さんとこの太夫《たゆう》が、金鋲《きんびょう》を打《う》った駕籠《かご》で迎《むか》えに来《き》ようが、毛筋《けすじ》一|本《ぽん》動《うご》かすような女《おんな》じゃねえから安心《あんしん》しておいでなせえ。痴話喧嘩《ちわげんか》のとばっちりがここまでくるんじゃ、師匠《ししょう》も飛《と》んだ迷惑《めいわく》だぜ」
松《まつ》五|郎《ろう》はこういって、ぐっとおこのを睨《にら》みつけた。
五
暗《やみ》の中《なか》を、鼠《ねずみ》のようになって、まっしぐらに駆《か》けて来《き》た堺屋《さか
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