》かせてもらいましょう」
が、松《まつ》五|郎《ろう》はわざと頬《ほほ》をふくらまして、鼻《はな》の穴《あな》を天井《てんじょう》へ向《む》けた。
帯《おび》
一
祇園守《ぎおんまもり》の定紋《じょうもん》を、鶯茶《うぐいすちゃ》に染《そ》め抜《ぬ》いた三|尺《じゃく》の暖簾《のれん》から、ちらりと見《み》える四|畳半《じょうはん》。床《とこ》の間《ま》に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》した秋海棠《しゅうかいどう》が、伊満里《いまり》の花瓶《かびん》に影《かげ》を映《うつ》した姿《すがた》もなまめかしく、行燈《あんどん》の焔《ほのお》が香《こう》のように立昇《たちのぼ》って、部屋《へや》の中程《なかほど》に立《た》てた鏡台《きょうだい》に、鬘下地《かつらしたじ》の人影《ひとかげ》がおぼろであった。
所《ところ》は石町《こくちょう》の鐘撞堂新道《かねつきどうしんみち》。白紙《はくし》の上《うえ》に、ぽつんと一|点《てん》、桃色《ももいろ》の絵《え》の具《ぐ》を垂《た》らしたように、芝居《しばい》の衣装《いしょう》をそのまま付《つ》けて、すっきりたたずんだ中村松江《なかむらしょうこう》の頬《ほほ》は、火桶《ひおけ》のほてりに上気《じょうき》したのであろう。たべ酔《よ》ってでもいるかと思《おも》われるまでに赤《あか》かった。
「おこの。――これ、おこの」
鏡《かがみ》のおもてにうつしたおのが姿《すがた》を見詰《みつ》めたまま、松江《しょうこう》は隣座敷《となりざしき》にいるはずの、女房《にょうぼう》を呼《よ》んで見《み》た。が、いずこへ行《い》ったのやら、直《す》ぐに返事《へんじ》は聞《き》かれなかった。
「ふふ、居《お》らんと見《み》えるの。このようによう映《うつ》る格好《かっこう》を、見《み》せようとおもとるに。――」
松江《しょうこう》はそういいながら、きゃしゃな身体《からだ》をひねって、踊《おどり》のようなかたちをしながら、再《ふたた》び鏡《かがみ》のおもてに呼《よ》びかけた。
「おせんが茶《ちゃ》をくむ格好《かっこう》じゃ、早《はよ》う見《み》に来《き》たがいい」
「もし、太夫《たゆう》」
暖簾《のれん》の下《した》にうずくまって、髷《まげ》の刷毛先《はけさき》を、ちょいと指《ゆび》で
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