ょ、ちょいと待《ま》っとくんなさい、若旦那《わかだんな》。無理《むり》をおいいなすっちゃ困《こま》りやす」
「何《なに》が無理《むり》さ」
「何《なに》がと仰《おっ》しゃって、実《じつ》ァあっしゃァ、相手《あいて》の名前《なまえ》まじァ知《し》らねえんで。……」
「名前《なまえ》を知《し》らないッて」
「そうなんで。……」
「そんなら、名前《なまえ》はともかく、どんな男《おとこ》なんだか、それをいっとくれ。お武家《ぶけ》か、商人《あきんど》か、それとも職人《しょくにん》か。――」
「そいつがやっぱり判《わか》らねえんで。――」
「松つぁん」
徳太郎《とくたろう》の声《こえ》は甲走《かんばし》った。
「へえ」
「たいがいにしとくれ。あたしゃ酔狂《すいきょう》で、お前《まえ》さんをここへ通《とお》したんじゃないんだよ。おせんが隠《かく》れて逢《あ》っているという、相手《あいて》の男《おとこ》を知《し》りたいばっかりに、見世《みせ》の者《もの》の手前《てまえ》も構《かま》わず、わざわざ二|階《かい》へあげたんじゃないか。名《な》を知《し》らないのはまだしものこと、お武家《ぶけ》か商人《あきんど》か、職人《しょくにん》か、それさえ訳《わけ》がわからないなんて、馬鹿《ばか》にするのも大概《たいがい》におし。――もうそんな人《ひと》にゃ用《よう》はないから、とっとと消《き》えて失《う》せとくれよ」
「帰《けえ》れと仰《おっ》しゃるんなら、帰《けえ》りもしましょうが、このまま帰《けえ》っても、ようござんすかね」
「なんだって」
「若旦那《わかだんな》。あっしゃァなる程《ほど》、おせんの相手《あいて》が、どこの誰《だれ》だか知《し》っちゃいませんが、そんなこたァ知《し》ろうと思《おも》や、半日《はんにち》とかからねえでも、ちゃァんと突《つ》きとめてめえりやす。それよりも若旦那《わかだんな》。もっとお前《まえ》さんにゃ、大事《だいじ》なことがありゃァしませんかい」
「そりゃ何《な》んだい」
「まァようがす。とっとと消《き》えて失《う》せろッてんなら、あんまり畳《たたみ》のあったまらねえうちに、いい加減《かげん》で引揚《ひきあ》げやしょう。――どうもお邪間《じゃま》いたしやした」
「お待《ま》ち」
「何《なん》か御用《ごよう》で」
「あたしの大事《だいじ》なことだという、それを聞《き
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