合羽《かっぱ》をむしり取《と》っていた。
「へい、これは若旦那《わかだんな》、お早《はや》いお帰《かえ》りでございます」
番頭《ばんとう》の幸兵衛《こうべえ》は、帳付《ちょうづけ》の筆《ふで》を投《な》げ出《だ》して、あわてて暖簾口《のれんぐち》へ顔《かお》を出《だ》したが、ひと目《め》徳太郎《とくたろう》の姿《すがた》を見《み》るとてっきり、途中《とちゅう》で喧嘩《けんか》でもして来《き》たものと、思《おも》い込《こ》んでしまったのであろう。頭《あたま》のてッ辺《ぺん》から足《あし》の爪先《つまさき》まで、見上《みあ》げ見《み》おろしながら、言葉《ことば》を吃《ども》らせた。
「ど、どうなすったのでございます」
「番頭《ばんとう》さん、市松《いちまつ》に直《す》ぐ暇《ひま》をだしとくれ」
「市松《いちまつ》が、な、なにか、粗相《そそう》をいたしましたか」
「何《な》んでもいいから、あたしのいった通《とお》りにしておくれ。あたしゃきょうくらい、恥《はじ》をかいたこたァありゃしない。もう口惜《くや》しくッて、口惜《くや》しくッて。……」
「そ、それはまたどんなことでございます。小僧《こぞう》の粗相《そそう》は番頭《ばんとう》の粗相《そそう》、手前《てまえ》から、どのようにもおわびはいたしましょうから、御勘弁《ごかんべん》願《ねが》えるものでございましたら、この幸兵衛《こうべえ》に御免《ごめん》じ下《くだ》さいまして。……」
「余計《よけい》なことは、いわないでおくれ」
「へい。……左様《さよう》でございましょうが、お見世《みせ》の支配《しはい》は、大旦那様《おおだんなさま》から、一|切《さい》お預《あず》かりいたして居《お》ります幸兵衛《こうべえ》、あとで大旦那様《おおだんなさま》のお訊《たず》ねがございました時《とき》に、知《し》らぬ存《ぞん》ぜぬでは通《とお》りませぬ。どうぞその訳《わけ》を、仰《おっ》しゃって下《くだ》さいまし」
「訳《わけ》なんぞ、聞《き》くことはないじゃないか。何《な》んでもあたしのいった通《とお》り、暇《ひま》さえ出《だ》してくれりゃいいんだよ」
駄々《だだ》ッ子《こ》がおもちゃ箱《ばこ》をぶちまけたように、手《て》のつけられないすね方《かた》をしている徳太郎《とくたろう》の耳《みみ》へ、いきなり、見世先《みせさき》から聞《きこ》え来《
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