やま》を尻目《しりめ》にかけて、めきめきと売出《うりだ》した調子《ちょうし》もよく、やがて二|代目《だいめ》菊之丞《きくのじょう》を継《つ》いでからは上上吉《じょうじょうきち》の評判記《ひょうばんき》は、弥《いや》が上《うえ》にも人気《にんき》を煽《あお》ったのであろう。「王子路考《おうじろこう》」の名《な》は、押《お》しも押《お》されもしない、当代《とうだい》随《ずい》一の若女形《わかおやま》と極《き》まって、出《だ》し物《もの》は何《な》んであろうと菊之丞《きくのじょう》の芝居《しばい》とさえいえば、見《み》ざれば恥《はじ》の如《ごと》き有様《ありさま》となってしまった。
したがって、人気役者《にんきやくしゃ》に付《つ》きまとう様々《さまざま》な噂《うわさ》は、それからそれえと、日毎《ひごと》におせんの耳《みみ》へ伝《つた》えられた。――どこそこのお大名《だいみょう》のお妾《めかけ》が、小袖《こそで》を贈《おく》ったとか。何々屋《なになにや》の後家《ごけ》さんが、帯《おび》を縫《ぬ》ってやったとか。酒問屋《さけとんや》の娘《むすめ》が、舞台《ぶたい》で※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》した簪《かんざし》が欲《ほ》しさに、親《おや》の金《かね》を十|両《りょう》持《も》ち出《だ》したとか。数《かぞ》えれば百にも余《あま》る女《おんな》出入《でいり》の出来事《できごと》は、おせんの茶見世《ちゃみせ》へ休《やす》む人達《ひとたち》の間《あいだ》にさえ、聞《き》くともなく、語《かた》るともなく伝《つた》えられて、嘘《うそ》も真《まこと》も取交《とりま》ぜた出来事《できごと》が、きのうよりはきょう、きょうよりは明日《あす》と、益々《ますます》菊之丞《きくのじょう》の人気《にんき》を高《たか》くするばかり。
が、おせんの胸《むね》の底《そこ》にひそんでいる、思慕《しぼ》の念《ねん》は、それらの噂《うわさ》には一|切《さい》おかまいなしに日毎《ひごと》につのってゆくばかりだった。それもそのはずであろう。おせんが慕《した》う菊之丞《きくのじょう》は、江戸中《えどじゅう》の人気《にんき》を背負《せお》って立《た》った、役者《やくしゃ》の菊之丞《きくのじょう》ではなくて、かつての幼《おさな》なじみ、王子《おうじ》の吉《きち》ちゃんその
前へ
次へ
全132ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング