》から腰《こし》へと浴衣《ゆかた》の滑《すべ》り落《お》ちるのさえ、まったく気《き》づかぬのであろう。三日月《みかづき》の淡《あわ》い光《ひかり》が青《あお》い波紋《はもん》を大《おお》きく投《な》げて、白珊瑚《しろさんご》を想《おも》わせる肌《はだ》に、吸《す》い着《つ》くように冴《さ》えてゆく滑《なめ》らかさが、秋草《あきぐさ》の上《うえ》にまで映《は》え盛《さか》ったその刹那《せつな》、ふと立上《たちあが》ったおせんは、颯《さっ》と浴衣《ゆかた》をかなぐり棄《す》てると手拭《てぬぐい》片手《かたて》に、上手《かみて》の段《だん》を二|段《だん》ばかり、そのまま戸袋《とぶくろ》の蔭《かげ》に身《み》を隠《かく》した。
「あッ」
「たッ」
 辱《はじ》も外聞《がいぶん》も忘《わす》れ果《は》てたか、徳太郎《とくたろう》と松《まつ》五|郎《ろう》の口《くち》からは、同時《どうじ》に奇声《きせい》が吐《は》きだされた。

    三

「おせんや」
「あい」
「何《な》んだえ、いまのあの音《おと》は。――」
「さァ、何《な》んでござんしょう。おおかた金魚《きんぎょ》を狙《ねら》う、泥棒猫《どろぼうねこ》かも知《し》れませんよ」
「そんならいいが、あたしゃまたおまえが転《ころ》びでもしたんじゃないかと思《おも》って、びっくりしたのさ。おまえあって、あたし、というより、勿体《もったい》ないが、おまえあってのお稲荷様《いなりさま》、滅多《めった》に怪我《けが》でもしてごらん、それこそ御参詣《おさんけい》が、半分《はんぶん》に減《へ》ってしまうだろうじゃないか。――縹緻《きりょう》がよくって孝行《こうこう》で、その上《うえ》愛想《あいそう》ならとりなしなら、どなたの眼《め》にも笠森《かさもり》一、お腹《なか》を痛《いた》めた娘《むすめ》を賞《ほ》める訳《わけ》じゃないが、あたしゃどんなに鼻《はな》が高《たか》いか。……」
「まァお母《かあ》さん。――」
「いいやね。恥《はず》かしいこたァありゃァしない。子《こ》を賞《ほ》める親《おや》は、世間《せけん》には腐《くさ》る程《ほど》あるけれど、どれもこれも、これ見《み》よがしの自慢《じまん》たらたら。それと違《ちが》ってあたしのは、おまえに聞《き》かせるお礼《れい》じゃないか。さ、ひとつついでに、背中《せなか》を流《なが》してあげ
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