理店に上りこむ。
 そして熱い酒を飲みだすと、私はなにがなんだか分らなくなる、いっさいの恥も外聞も忘れ、まるで自制心がなくなる。散々飲んだり食べたりした後、その店に払う勘定がないと、店の子供を使いにやり姉を呼ばせる。姉はいちばん下の五つの女の子を連れ、やってきたが、私の醜態をみると泣いてしまったようだ。そして意見がましいことをいうのに、虎狼《ころう》のような心になっている私は、床の間の置物を掴《つか》んで、姉に投げつけようとした。
 どうして姉の離れの十畳に帰ったかよく分らぬ。ただ煙草を買いにゆくと出た桂子のなかなか帰ってこないのが気になる。大学の試験を明日に控えている姉の長男を何度も、表に走らせ、桂子をみにやったが、どこにもいないという。それで私は大暴れ、妻の唯一の財産の箪笥《たんす》をひっくり返し、背広を着、オーバーを纏い、外出する仕度までしたが、まだ桂子が帰ってこないので、その場に大の字になり寝てしまう。そして寝小便までしてしまった塩梅《あんばい》。
 ふと気がつけば、私は離れの十畳に寝ており、姉がかいまきをかけてくれている。桂子のハイヒールもハンドバッグも残っているが、すでに彼
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