われているということが、(ゆっくりお話したいから、こちらに来てください)という手紙を書かせ、私はそれをオジさんに渡した。
ボツボツ家政婦に出だした妻がまだ一張羅の晴着を質屋から出してないのを私は知っている。それでも私には、桂子の盗難のほうが気になり、ゆっくり相談したい気持になるのだった。なんという不道徳漢と誰に罵《のの》しられても仕方がない。その日、姉の家に移転してから、初めて、二つの雑誌社から、小説註文の編集者がみえた。私は旧臘《きゅうろう》からのゴタゴタで、満足な仕事もせず、世の中から忘れられたと僻《ひが》んでいたときだけに、その客たちが嬉しく、桂子が二時間経っても、まだ来ない気持の苛立《いらだ》ちも紛らすことができた。
黄昏《たそがれ》、例によってアドルムと人が恋しくなる頃、私は台所の姉に薬を貰いにゆき、その時、新宿の桂子を見舞にゆきたいと言いだした。姉はそれを止めはしなかった。しかし、私がああいう手紙を書いて、桂子がやってこないのには他に理由もあろう。更に、翌日、私の老母が見舞にゆくことになっているから、お見舞はそれからでもいいだろうと言った。私も気づけば、すでに桂子は勤め
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