て約一時間後、帰ってきて愕然とした。箪笥《たんす》の中から、桂子と私と、私の友人から預った衣類数十点、それに現金五千円ばかり盗まれている。時間は丁度、薄暗闇迫る頃、風呂敷でしょい、私のオリンピック記念のトランクを右手にぶらさげ、うまうま持出したものらしい。私は衣類に執着があまりないしロクなものもなかったから、最大の被害者はアストラカンのオーバーまで盗まれた桂子だし、次に気の毒なのは、事情があって家を追われ、荷物を預けていった私の不幸な友人だった。そして、その後、桂子は帰宅せず、翌日の午後、帰ってきて大騒ぎになり、私を迎えるため、オジさんを郊外の長兄の家まで走らせたものという。
 嫉妬深《しっとぶか》い私には、その桂子外泊という一事が、前の三日外泊と相まって、いちばん胸にこたえた。私は二度、桂子の家を出たいちばんの理由を、そのことにしているのだから、もし桂子が正《まさ》しく私に愛情があれば、そうした事件を機会にして、私のほうに来てくれればよいと思った。勿論、彼女の身体に被害でもあれば、私は気違いみたいになって飛んでいったろう。けれども、衣類を取られただけということ、私も締切間近な仕事に追
前へ 次へ
全42ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 英光 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング