かげで、バラックながら一軒の家を持っていた。私はそこに転がりこんだ形になったのである。
 桂子も私に幾つかの嘘を吐《つ》いていた。年も五つばかり若く言い、学校も女学校を出ているなぞいったが、例えば十二の八倍が幾つになるかの暗算さえできなかった。彼女は貧農の娘、しかも不義の子として生れたのである。幼時、煙草畑の草取りがいかに苦しかったか、一晩中、叱責《しっせき》され、土間に立たされていて、蚊に責められた思い出なぞを私に語ったこともある。男や金のことでも、時々、嘘をついていた。しかし彼女の嘘は、例えば幼女の嘘のようにすぐバレ易く、それだけ、妻の頑固な嘘よりは、私にとって可憐《かれん》に思われた。妻は、肉体の喜びさえかくし勝ちなのだが、桂子はすべてが開《あ》けっぴろげのようで、私には可愛い女だった。
 そこで私は、桂子と、夜昼なしの愛欲生活を送りながら、カストリ雑誌なぞにしきりに書きはじめた。そうした雑誌の編集者たちと飲みあかす晩も少なくなかった。生活の乱れに筆の荒れるのを感じるようになる。また金だけ送って疎開先におき放しになっている妻子、特に子供たちに良心的|呵責《かしゃく》も感じるように
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