も、与論は妻の味方であろう。
 だが、その妻の勝ち誇った顔は、私の胸の傷をなお深くえぐった、私はその時から、妻子の顔をみているのが堪《たま》らなくなった。姉が泣きながら止めたが、私は妻と別れると言い張ってきかず、とうとう、妻や幼い子供たちを、姉の家の近くの、長兄の家に追いやってしまった。そして子供たちの養育費は出すが、妻は家政婦として働かせるようにした。
 私は妻の泣き顔をみたようにおもう。だが、それは私の悪いマノン、桂子の泣顔ほどにも、私の胸に残らなかった。
 そして私は姉の離れの十畳を借り、いちばん上の十二の子と、味気ない生活を始めるようになった。朝十時頃、起き、午後の四時頃まではなんとか机に向って仕事を続けていられるが、五時、六時頃になると、死にたいほどの孤独感にふいと襲われ、台所で食事の仕度をしている姉のもとにアドルムを貰いに出かけてゆく。
 二、三時間ほど禁断症状が起ったのを我慢した後だから、四錠ほど飲んでも、いつもの十錠分ほどの効目がある。天国に上昇してゆくような爽快感《そうかいかん》。一日、ひとりで机に向っていた後での無闇に、お喋《しゃべ》りをしたい気持。私は忙がしそうな
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