子に、私は敗戦日本の悲しい女性の運命の象徴を感じる。なんとかして、彼女と一緒に自分も助かりたい、浮び上りたいと思っていたのだが。
 私は彼女のハンドバッグと草履《ぞうり》を持ち、酔って少年のあとを追いかけていった桂子のあとを追っていった。少年は近くのS駅の事務員らしく、事務室に逃げこんだのを、桂子は後を追う。そして事務室でクダを巻いているところに、私が入っていって、みんなに謝まり、新宿まで電車で帰る。
 昨夜、そこの溝板の上に、短刀で一突きにされたという青年の死体の転がっていたマーケット。その溝板の上を彼女は足袋跣足で、髪をぼうぼうと乱し、平目に似た眼を吊り上げて、平然と歩いてゆく。その醜骸を、私はどんなに熱愛していたことか。途中、警官の不審尋問にあったが、私がついていたので、なんでもなく済んだ。
 彼女の家に帰る途中に、支那ソバ屋がある。桂子は勤めに出ていた頃、時々お腹がへるとここに寄ったという。ある時は、送ってくれた酒場のボーイを連れて。それはお客かもしれぬと一瞬、邪推したが、その時、私はまだ過去の恥ずかしいことでも、隠さず語ってくれると思う桂子を信じていた。そして桂子は玉子を入れ
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