る。しかし少しでも、自分の醜悪な過去を私にみせてくれたのは、私にとって救いであった。
 いわば憐憫《れんびん》の情から結婚してしまった私の妻は処女でなかった。しかも、それは自転車に乗ったためだと嘘を吐《つ》き、自分の過去を神聖そのもののようにみせようと、いつまでも私に対して冷たかった。私も童貞で、妻と一緒になった訳ではない。けれども私は自分の過去を包みかくさず、彼女に語った。そして、彼女にもそのようにして貰いたかった。だが、妻は、(汚された処女の復讐《ふくしゅう》)を私に対して、行なったのである。私はそれに対して、放蕩《ほうとう》をもって対抗していた。
 その頃から、第二次世界大戦が激しくなってゆき、私は度々、出征した。殺人と放火の無慈悲な戦場にいると、そんな甲羅《こうら》をかぶったような妻でも、天使のように恋しく、私は帰還する度に、妻に子供を産ませた。
 戦争が済むと、私は会社を馘《くび》になり、子供は四人もあった。インフレはたちまち激しくなり、六千円ほどの退職金は三日ももたなかった。私は昔から文学志望だったけれど、その時は、資本主義社会の邪悪さを身にしみて感じていただけに、新しい正
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