った。――そしてスタンフォドに着いたら、大学の森中、数千台の自動車で埋《うま》っている人出でした。
スタンドで、あなたの水色のベレエ帽《ぼう》が、眼の前にあった。それだけを憶えています。競技はろくに憶えていません。ただ、赤いユニホォムを着た、でぶの爺《じい》さんが、米国一流のハムマア投げ、と、きかされ、もの珍《めずら》しく、眺《なが》めていたのだけ記憶《きおく》にあります。
そのうち、隣席《りんせき》にいた、副監督《ふくかんとく》のM氏が、ぼくに、御愛用《ごあいよう》の時価千円ほどのコダックを渡《わた》して便所に行ったそうです。そうです、というのは、それほど、その時のぼくの頭には、あなたの水色のベレエが、いっぱいに詰《つま》っていたのです。あなたの盗《ぬす》み見た横顔は、苦悩《くのう》と疲労《ひろう》のあとが、ありありとしていて、いかにも醜《みにく》く、ぼくは眼を塞《ふさ》ぎたい想いでした。
船に帰って、ピンポンをしていると、M氏が来て「坂本君、コダックは」と訊《き》きます。愕然《がくぜん》、ぼくは脳天を金槌《かなづち》でなぐられた気がしました。預かった憶えは、ないと言えばよか
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