ったのですが、言われた途端《とたん》、ハッとしたものがあって、――卑劣《ひれつ》なぼくは、「村川君に、じゃなかったのですか」と苦し紛《まぎ》れに嘘《うそ》を吐《つ》きました。M氏は、「そうだったかな」と気軽く言い、小首を捻《ひね》りながら、村川を捜《さが》しに行きましたが、ぼくは、居たたまれず、船室に駆けこみ、頭を押《おさ》えて、七転八倒《しちてんばっとう》の苦しみでした。
お金持のM氏は、誰に預けたかを、そのまま追求もせず、諦《あきら》めておられたようですが、ぼくは良心の苛責《かしゃく》に、堪《た》えられず、あなたへの愛情へ、ある影を、ずっと落すようになりだしました。
それから、ぼくの眼は、あなたを追わなくなりました。しかし、心は。
十四
ロスアンゼルスヘの外港、サンピイドロの海は、巨艦《きょかん》サラトガ、ミシシッピイ等の船腹を銀色に光らせ、いぶし銀のように燻《くす》んでいました。曇天《どんてん》の故《ゆえ》もあって、海も街も、重苦しい感じでした。
ぼく達《たち》は、ロングビイチの近くにある、フォオド工場の提供してくれた、V8の新車八台に分乗して、工場の見学後
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