かって貰えるからとの話で、着物をお願いしました。
がっかりすると言うより、ぼんやりして、海を見ていると、舵手《だしゅ》の清さんがやって来て、肩《かた》を叩《たた》きます。「どうしたんだい、坂本さん」微笑《ほほえ》んでいる清さんは、本当に、ぼくを気遣《きづか》ってくれるのでしょう。「いや、別に」とぼくは、だらしなく悄気《しょげ》た声を出しました。「ばかに、元気がないじゃないか」「ええ」とうなずいて、清さんの顔をみていると、このひとに、なにもかにも打明けたら、さっぱりするだろうという、気がふッと致《いた》しました。
と、清さんは、急に真顔になって、「坂本さん。ちょッと話があるんだ。来てくれませんか」と先に立ち、上甲板《じょうかんぱん》に登って行きます。ああ、そのことかと、胸にギクリ来ましたが、結局、言われたほうが、楽になると思い、ついて行くと、ボオト・デッキから更に階段をあがり、船の頂上、プウルのある甲板にでました。方二間位のプウルには、青々と水が湛《たた》えられ、船の動揺《どうよう》にしたがって、揺《ゆ》れています。周囲にベンチが二つ、置かれてあるだけの狭《せま》い甲板です。「まア、
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