すか」と一言。泣きッ面《つら》をみられないようにまた暗い甲板に。
 靄《もや》の深い晩なので、Aデッキから、ボオト・デッキに上がり、誰にも見られず、索具《さくぐ》の蔭で悲しもうと、近づいて行くと、向うから、靴音《くつおと》がきこえて来た。
 やがて、靄の底から、ぼんやり現われたのは、立派な白髯《しらひげ》を生《はや》した、紅毛のお爺《じい》さんでした。ぼくのしょんぼりした姿をみると、にこにこ笑いながら「How do you do?」と太い声できく。外人と話し合うのは初めてでしたが、先方の好意が感ぜられて嬉《うれ》しく、「Thank you, Sir. I'm very well,」と、サアをつけました。「That's good.」と、お爺さんは、重々しくうなずいて、「Are you a delegation of Japanese Olympic Team?」と尋ねます。「Yes, I am.」と言ってから、ニッコリ笑ってしまいました。すると、「What's team?」と訊《き》いたような気がするので、「Boat Crew.」と答えますと、「What's?」と小首を傾《かたむ》けます。お
前へ 次へ
全188ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 英光 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング