がろくに漕《こ》げもせんと思ったら、よう歩けもせんのか。それでもよう女だけ、出来るもんじゃ」と沢村さん。「貴様は、あまり女が好きだから、手も動かなくなるんじゃ。しっかり歩け。ぶち廻《まわ》すぞ」と松山さん。「やれやれ、なんと無器用かなア」と東海さん。等々。
ぼくは、自分の神経が病気なのを、はっきり感じました。なんの為《ため》に。紅《あか》いセエム革《がわ》がちらつく気持でした。眩暈《めまい》が起ればよかったのです。がぼくは、そのまま歩き続けました。その中、黒井さんも手の上がらないのを注意しなくなり、皆のぶツぶツ言うのも聞えなくなりました。
その日は、バック台も棒引も、目茶苦茶でした。棒引はいつも、腕力のそう違わない沢村さんが相手なのに、その日は、力も段違いな松山さんが、前のバック台に坐《すわ》り、「ほれっ、引いてみろ」と頑張《がんば》り、木株のような腕を曲げ、鼻の穴を大きくして、睨《にら》みつけます。その瞳《ひとみ》には、むしろ敵意さえ感じられました。ちょッと縄《なわ》を緩《ゆる》めてからパッと引くと訳ないのですが、それをやると、ひどく皆から怒《おこ》られ、何遍《なんべん》でも遣《
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