うべき処《ところ》を、皆《みんな》は、禿《はげ》さんと蔭《かげ》で呼んでいる黒井コオチャアヘのあてこすりから、(光りだ、禿だ)と歌うのです。ぼくは黒井さんが好きでしたし、その若禿の為《ため》に、許婚《いいなずけ》を失ったという、噂話《うわさばなし》もきかされているので、唱《うた》う気にはなれません。
 と号令が速足進めに変り、「一《オイチ》、二《ニッ》、一《オイチ》、二《ニッ》」と、黒井さんが調子を張り上げます。「四番、もっと手を振って」と注意され、ぼくは勢いよく腕《うで》を振り上げようとすると、可笑《おか》しなことに、手と足と一緒《いっしょ》に動き、交互《こうご》にならないのです。例《たと》えば、右脚《みぎあし》をあげると、自然に右腕が上がって、左腕が上がらないのです。無理に、互い違いに動かそうとすると、手が上がらなくなるばかりではありません。歩けなくなるのです。
 その不恰好《ぶかっこう》なざまは、忽《たちま》ち、皆に発見され、どッと笑いものにされて了《しま》いました。
「頼《たの》むぜ、おい、女の尻《しり》追いかけるのもいいが、歩くのだけは一人前に歩いてくれよ」と森さん。「ボオト
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