ア、やられたにきまっているよ。こんな商売をしているのには、そんなのが多いからね」とうなずきます。ぼくは、「そうかねエ」と愚《ぐ》にもつかぬ嘆声《たんせい》を発したが、心はどうしよう、と口惜しく、張り裂《さ》けるばかりでした。が、その運転手は同情どころかい、といった小面憎《こづらにく》さで、黙りかえっています。
 それでいて、家につくと、彼は突然《とつぜん》、ここは渋谷とはちがう、恵比寿《えびす》だから、十銭ましてくれ、ときりだしました。てッきり、嘗《な》められたと思いましたから、こちらも口汚《くちぎたな》く罵《ののし》りかえす。と、向うは金梃《レバー》をもち、扉《ドア》をあけ、飛びだしてきました。「喧嘩《けんか》か。ハ、面白《おもしろ》いや」と叫《さけ》び、ええ、やるか、と、ぼくも自棄《やけ》だったのですが、もし血をみるに到《いた》ればクルウの恥《はじ》、母校の恥、おまけにオリムピック行は、どうなるんだと、思いかえし、「オイ、それじゃア、交番に行こう」と強く言いました。「行くとも! さア行こう」たけりたった相手は、ぼくの肩《かた》を掴《つか》みます。振りきったぼくは、ええ面倒《めんどう
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