》とばかり十銭|払《はら》ってやりました。「ざまア見ろ」とか棄台詞《すてぜりふ》を残して車は行きました。ぼくは、前より余計しょんぼりとなって玄関の閾《しきい》をまたいだのです。
 気の強い母は、ぼくの顔をみるなり、噛《か》みつくように、「あったかえ」と訊ねました。ぼくは無言で、荷物のところへ行くと、蒲団はすでに畳《たた》んで、風呂敷《ふろしき》が、上に載《の》っています。どうしていいか分らなくなったぼくは、空の風呂敷をつまんで、振って、捨てると、ただ、母の怒罵《どば》をさける為と、万一を心頼みにして、「やっぱり合宿かなア。もう一度、捜してくらア」と留める母をふりきり、家を出ました。勝気な母も、やっぱり女です、兄が夜業でまだ帰りませんし、「困ったねエ」を連発していました。
 ぼくはまた、自動車で、渋谷から向島《むこうじま》まで行きました。熱が出たようにあつい額を押え、憤《いきどお》りと悔《く》いにギリギリしながら、艇庫につき、念を入れてもう一回、押入れなぞ改めてはみましたが夜も更《ふ》け、人気《ひとけ》のない二階はたださえ、がらんとして、いよいよ、もう駄目だ、という想いを強めるだけです。
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