くは困るだろう。それほど、ぼくはあのひとが好きだ。綺麗《きれい》かときかれても、判《わか》らない、と答えるだろう。利巧《りこう》かいといわれても、どうだか、としか返事できないだろう。気性が好きか、といわれても、さアとしか言えない、それ程、ぼくはあのひとについて、なんにも知らないし、知ろうとも、知りたいとも思わない。
ただ、二人でよく故里《ふるさと》鎌倉《かまくら》の浜辺《はまべ》をあるいている夢《ゆめ》をみる。ふたりとも一言も喋《しゃべ》りはしない。それでいて、黙々《もくもく》と寄り添《そ》って、歩いているだけで、お互《たが》いには、なにもかもが、すっかり解《わか》りきっているのだ。あたたかい白砂だ。なごやかな春の海だ。ぼくは、その海一杯に日射《ひざ》しをあびているように、そのときは暖かい。
が目ざめてのち、ぼくはあのひとの幻《まぼろし》だけとともに、まわりはつめたい鉄の壁《かべ》にとりかこまれ漸《ようや》く生きている気がする。
ぼくみたいな男でも、かりにも日本の Delegation として戦うのだ。自分の全力の砕《くだ》けるまで闘わなければ済まない。恋《こい》なぞ、という個人
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