がい》したが、弱いのだから止むを得ません。ただ、半べそを掻《か》きつつ、「ひどいわ。意地悪」と叫んでいる内田さんに、たいへん愛情を感じました。
しかし、それはその時に、沸《わ》き上がった感情です。あなたに対しては、心の中で、すでに、愛さなければならないという規範《きはん》を、打ち樹《た》てていたと思います。
ホノルル・ブロオドウェイの十仙店《テンセンストア》で、ぼくは、紅《あか》のセエム革《がわ》表紙のノオトを買いました。初めて、米国の金でした買物、金五十仙|也《なり》。ぼくは、それをあなたとの、日記帳にしようと思って厭《いや》らしく、紅い色のものを買ったのです。しかし、それも後から憶《おも》えば買わなかったほうが、いや買ったにしても、なんにも書かぬ白紙《カイエブランシュ》のなかに、記憶《きおく》だけを止《とど》めておいたほうが、良かった結果になりました。
翌月の午後は、個人外出を許され、船の出帆《しゅっぱん》時刻は、確か、七時でしたが、ひとりぼっちで歩いていても、面白《おもしろ》くなく、帰ったならば、案外また、あなたに逢えるかとも思うと、四時頃からもう帰船しました。
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