眼前に展《ひろ》がる蒼茫《そうぼう》たる平原、かすれたようなコバルト色の空、懸垂直下《けんすいちょっか》、何百米かの切りたった崖《がけ》の真下は、牧場とみえて、何百頭もの牛馬が草を食《は》んでいる。その牛馬一|匹《ぴき》々々の玩具《おもちゃ》のような小ささ、でもさすがに、獣《けだもの》の生々しい毛皮の色が、今も眼にあります。
しかし、後方右側に聳《そび》えたつ、なんとか峰はたえず陽に輝き、左側のなんとか峰はたえず雨に降られている。これは、その昔《むかし》ハワイの王様なんとか一世が、なんとかいう蛮人《ばんじん》の酋長《しゅうちょう》を、火牛の戦法で、この崖から追い落した。で、陽の照っているほうは、なんとか一世の善霊《ぜんりょう》、鎮《しず》まり、雨に降られているほうは、蛮人なんとかの悪霊、鎮まるという、こんな伝説の固有名詞は全部忘れてしまいました。が、折からの驟雨《しゅうう》が晴れて、水々しい山頂をくっきりと披璃《はり》のような青い空に、聳えさせていた峰々のうるわしさは、忘れません。
あなたはあのとき、びッしょり濡れて、善霊峰の下の洞穴《どうけつ》に、風雨を避《さ》けていた。スカアト
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