来ないんですねエ」と軽蔑《けいべつ》したように、初めて日本語を使った――その小生意気な運転手君に連れられて一同と共に、奇勝ノアノパリに向う途中《とちゅう》、もの凄《すご》い大雷雨《だいらいう》に、襲《おそ》われました。が、忽《たちま》ち、からりと晴れると、なんとその透《す》き徹《とお》るような碧《あお》い空の見事さ。雨に濡《ぬ》れ、緑のいっそう鮮《あざ》やかに光り輝《かがや》く、草木のあいだに、撩乱《りょうらん》と咲き誇《ほこ》っている、紅紫黄白《こうしこうはく》、色とりどりの花々の美しさ、あなたは何処《どこ》にでもいる気がふッと致《いた》しました。
 ぼくはものを感じるのは、まあ人並《ひとなみ》だろうと、思っていますが、憶《おぼ》えるのは、面倒臭《めんどうくさ》いと考える故《ゆえ》もあって、自信がありません。
 それでも、ノアノパリの絶壁《ぜっぺき》上に立ち、世界で三番目に強いと言われる風速何十|米《メエトル》かの突風《とっぷう》、顔をたえず叩《たた》かれ上衣《うわぎ》をしょっちゅう捲《ま》くられているような烈風を受けつつ、眺めた景色は髣髴《ほうふつ》と、今でも浮《うか》んできます。
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