ぼくが洋装をした田舎の小母《おば》さん然たる奥《おく》さんに、にこにこ笑いながら掛けて貰ったレイの花は、ひとつでも堪えられないくらい芳烈《ほうれつ》な香《かお》りを放っていました。ぼくは、その匂《にお》いのなかに、恋情《れんじょう》の苦しさを甘《あま》くする術《すべ》を発見したのでした。
 それから、間もなく催《もよお》して頂いた、ハワイの官民歓迎会の、ハワイアン・ギタアと、フラ・ダンス、いずれも土人の亡国歌、余韻嫋々《よいんじょうじょう》たる悲しさがありましたが、ぼくは、その悲しさに甘く陶酔《とうすい》している自分を、すぐ発見して、なにか可憐《いと》しく思ったのです。ハワイでは、あなたと一度も、話し出来ませんでしたが、ぼくは、美しい異国の風景のなかに、あなたの姿を、まぼろしに描《えが》くだけで、満足でした。
 ぼく達が日本語よりも、英語がうまいのを自慢《じまん》にしている運転手君――というのは、ぼく達が波止場から邦人の提供してくれた、自動車に乗りこむと、早速、英語で話しかけて来て、皆が、第二世君と思っていたのに、土人かしらと、些《いささ》か唖然《あぜん》としていると「あなた達、英語出
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