庫《ていこ》には、もう、寝《ね》てしまった艇番|夫婦《ふうふ》をのぞいては、誰《だれ》一人いなくなっています。二階にあがり、念の為《ため》、押入《おしい》れを捜《さが》してみましたが、もとより、あろう筈《はず》がありません。
 もう、先程《さきほど》までの、享楽を想《おも》っての興奮はどこへやら、ただ血眼《ちまなこ》になってしまった、ぼくは、それでも、ひょッとしたら落ちてはいないかなアと、浅ましい恰好《かっこう》で、自動車の路《みち》すじを、どこからどこまで、這《は》うようにして探してみました。そのうち、ひょッとしたら、合宿の戸棚《とだな》のグリス鑵《かん》の後ろになかったかなアと、溝《みぞ》のなかをみつめている最中、ふとおもいつくと、直《す》ぐまた合宿の二階に駆けあがって、戸棚をあけ、鉄亜鈴《てつあれい》や、エキスパンダアをどけてやはり鑵の背後にないのをみると、否々《いやいや》、ひょッとしたら、あの道端《みちばた》の草叢《くさむら》のかげかもしれないぞと、また周章《あわて》て、駆けおりてゆくのでした。
 捜せば、捜すだけ、なくなったということだけが、はっきりしてきます、頭のなかは、火
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