らまた、バック台練習は、以前のように口喧《やかま》しく、先輩達から怒鳴《どな》られるようになるし、怒鳴られるほど、またギゴチなくなって行きました。
こう書くと、いかにもぼくが、弱々しいだけに見えますが、先輩達だとて、ぼくが本当に弱く降参しきっていれば、あれ迄《まで》いじめなかったでしょう。加えて、ぼくには、文学少年にありがちな孤独癖《こどくへき》がありました。それも生意気だとか、図々しいとか見られていたのでしょう。実際、図々しい処もありました。あなたから、この手記の初めに書いた、杏《あんず》の実を貰ったのは、その問題があった日の昼のことでしたから――。
とにかく、その日の昼は、もうあなたと遊べなくなった淋しさと、口惜《くや》しさから、殆《ほとん》ど飯も食べずに、トレイニング・パンツに着更《きが》え、誰《だれ》もいないB甲板をうろついていると、ひょッくりあなたと小さい中村|嬢《じょう》に逢いました。
中村さんは、小さい唇《くち》をとがらせ、「うち、つまらんわア、もう男のひとと、遊んではいけない言うて、監督《かんとく》さんから説教されたわ。おんなじ船に乗ってて、口|利《き》いてもいか
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