運転手と助手から、荷物を運び入れてもらったり、ぼくは、自動車の座席にふんぞりかえり、その夜の後の享楽ばかり思っていました。なにしろ、二十《はたち》のぼくが、餞別《せんべつ》だけで二百円ばかり、ポケットに入れていたんですから――。
その頃《ころ》、ぼくは、銀座のシャ・ノアルというカフェのN子という女給から、誘惑《ゆうわく》されていました。そして、それが、ぼくが好きだというより、ぼくの童貞《どうてい》だという点に、迷信《めいしん》じみた興味をもち、かつ、その色白で、瞳の清《すず》しい彼女《かのじょ》が、先輩Kさんの愛人である、とも、きかされていました。その晩、それを思い出すと、腹がたってたまらず、よし、俺《おれ》でも、大人|並《なみ》の遊びをするぞと、覚悟《かくご》をきめていた訳です。が、さすがにこうやって働いている運転手さん達には、すまなく感じ、うちに着いてから、七十銭ぎめのところを一円やりました。
宅《うち》に入ると、助手が運んでくれた荷物は、ぐちゃぐちゃに壊《こわ》れている。が、最初のぼくの荷造りが、いい加減だったのですから、気にもとめず、玄関《げんかん》へ入り、その荷物を置いた
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