、おわると、皆は三々五々、芸者買いに出かけてしまい、残ったのは、また、舵の清さん、七番の坂本さん、それと、ぼくだけになってしまいました。ぼくも、遊びに行こうとは思っておりましたが、ともあれ東京に実家があるので、一度は荷物を置きに、帰らねばなりません。
その夜は、いくら飲んでも、酔《よ》いが廻《まわ》らず、空《むな》しい興奮と、練習|疲《づか》れからでしょう、頭はうつろ、瞳《ひとみ》はかすみ、瞼《まぶた》はおもく時々|痙攣《けいれん》していました。なにしろ、それからの享楽《きょうらく》を妄想《もうそう》して、夢中《むちゅう》で、合宿を引き上げる荷物も、いい加減に縛《しば》りおわると、清さんが、「坂本さん、今夜は、家だろうね」とからかうのに、「勿論《もちろん》ですよ」こう照れた返事をしたまま、自動車をよびに、戸外に出ました。
そのとき学生服を着ていて、協会から、作って貰った、揃《そろ》いの背広は始めて纏《まと》う嬉《うれ》しさもあり、その夜、遊びに出るまで、着ないつもりで手をとおさないまま、蒲団《ふとん》の間に、つつんでおいた、それが悪かったんです。はじめから、着ていればよかった。
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