がち》の、睫《まつげ》の長い瞳《ひとみ》を、輝かせ、靨《えくぼ》をよせて頬笑《ほほえ》むと、袂《たもと》を翻《ひるが》えし、かるく手拍子《てびょうし》を打って『土佐は良いとこ、南を受けて、薩摩颪《さつまおろし》がそよそよと』と小声で歌いながら、ゆっくり、踊《おど》りだしました。
ぼくが可笑《おか》しがって、吹出《ふきだ》すと、あなたも声を立てて、笑いながら、『土佐の高知の、播磨屋《はりまや》橋で、坊《ぼう》さん、簪《かんざし》、買うをみた』と裾《すそ》をひるがえし、活溌《かっぱつ》に、踊りだしました。文句の面白《おもしろ》さもあって、踊るひと、観《み》るひと共に、大笑い、天地も、為《ため》に笑った、と言いたいのですが、これは白光|浄土《じょうど》とも呼びたいくらい、荘厳《そうごん》な月夜でした。
しかし、その月光の園《その》の一刻《ひととき》は、長かったようで、直《す》ぐ終ってしまいました。それは、あなたの友達の内田さんが、船室の蔭から、ひょッこり姿を、現わしたからです。内田さんも、あなたの様子にニコニコ笑って来るし、ぼく達も、笑って迎《むか》えましたが、ぼくにとっては月の光りも、
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