ねりを、見詰《みつ》めていると、もはや旅愁《りょしゅう》といった感じがこみあげて来るのでした。
 出発時の華《はな》やかな空気はそのまま、船を包んで――ぼく達のクルウにも残っていました。朝のデンマアク体操も、B甲板を廻るモオニング・ランも、午前と午後のバック台も棒引も、隅田川にいるときとは比べものにならないほど楽だったし、皆《みんな》も、向うに着くまではという気が、いくらかはあったのでしょう。東海さんや、補欠の有沢さんを中心とする惚《のろ》け話や、森さんや松山さんを囲んでの色《エロ》話も、盛《さか》んなものでした。
 合宿の頃から、ずうッと一人ぼっちだったぼくは、多勢の他テイムのなかに雑《まざ》ると、余計さびしく、出帆してから二三日、練習以外の時間は、ただ甲板を散歩したり、船室で、啄木を読んだり、船室が、相部屋の松山さん、沢村さんに占領《せんりょう》されているときは、喫煙室《きつえんしつ》で、母へ手紙を書いたりしていました。
 故国を離れてから三日目、ぼくは恥《はず》かしい白状をしなければなりません。無暗《むやみ》に淋しくなったぼくはスモオキング・ルウムの片隅《かたすみ》で、とても非常
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