、暗いほうへ、ずんずん行って、隅《すみ》に立っていたの。気味がわるかったけれど我慢《がまん》して一緒《いっしょ》に並《なら》んでいると、訳のわからない早口を言って、わたしの顔をみたり、なんにも見えない暗い海をみたりしていましたが、いきなり、私の手をこうして握《にぎ》ったのでしょ。ぞうっとして、急いで、振《ふ》りきって、帰ってきたんです。それだけなの」
それだけの事実が、こんなにも歪曲《わいきょく》され拡大されて伝わって行くとはと、ぼくが訳もなく口惜しがっているあいだに、川北氏は考えを纏《まと》め、しずかに意見を述べだしました。
「だから、熊本君、さっきも言ったように、ネルチンスキイ氏に、なにもそれ程の邪意《じゃい》はなかったのじゃないかな。外国人は、女の手を握ったり、接吻したりするのは平気だから、若《も》しかすると単なる親愛の意味からやったに過ぎないのじゃないかとも思う。しかしそういう処へ、男と二人ッきりでいたという、あなたも賢明《けんめい》じゃなかった。これからは、気をつけるんですね。
けれど、ネルチンスキイ氏にも、一度会って話はしておきましょう。なんでも彼方《あちら》の習慣通り
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