ふみん》の夜を送りました。
翌日、海は晴れていた。ぼくは、あなたを探して船の上から下まで馳《は》せめぐった。逢ってなにか一言いわなければ、納まらない気持だったのです。その日も、むなしく海が暮《く》れました。ぼくはスモオキング・ルウムの一隅《いちぐう》に坐《すわ》り、ひとり薄汚《うすよご》れた感傷を噛《か》んでいました。
その頃《ころ》の流行歌の一節に、※[#二重かっこ開く]花は咲くのになぜ私だけ、二度と春みぬ定めやら※[#二重かっこ閉じ]というのがありました。ぼくは其処《そこ》のところが、奇妙《きみょう》に好きで、誰もいないのを幸い、何遍も何遍もかけ直しては、面をたれて、歌をきいていました。
逢魔《おうま》ケ時《とき》という海の夕暮でした。ぼくは電燈もつけず、仄暗《ほのくら》い部屋のなかで、ばかばかしくもほろほろと泣いてみたい、そんな気持で、なんども、その甘《あま》い歌声をきいていました。その時ひょいと顔をあげると愕然《がくぜん》としました。あなたの仄白い顔が、窓から覗《のぞ》いているのです。あんなに捜してもみつからなかったのに、一体どこにかくれていたんです、とも言いたく、お元気
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