つ迄も忘れずにお便りを下さいな、とかそんな手紙の文句でした。でも、その夢の話だけは非常にシムボリックな気がして、感銘ふかく覚えています。異境に培《つちか》われた一輪の花の、やはり、実を結びがたい悩《なや》みと儚《はか》なさが露《あら》わにあらわれていて、ぼくには如何《いか》にも哀れに、悲しい夢だとおもわれたのです。
二十四
ハワイをでると、あとはもう横浜まで海ばかりだという気持が、なにかぼくを気抜けさせるものがあって、船室に引籠《ひきこも》って啄木《たくぼく》歌集を読んだり、日向《ひなた》に出ては海を眺《なが》めたり、そんな時を過していました。例《たと》えば、往きの船が、しょっちゅう太陽を感じさせる雰囲気《ふんいき》に包まれていたとすれば、帰りの船はまた絶えず月光が恋《こい》しいような、感傷の旅でした。ぼくは自己批判も糞《くそ》もなく、甘《あま》くて下手な歌や詩を作り、酩酊《めいてい》している時が多かった。
そうした或《あ》る日のこと、中村さんにプロムナアド・デッキで、ぱったり逢《あ》うといきなりサインブックをつきつけられ、「なにか記念になるものを書いて」と頼《たの》
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