を、坊主なぞ呼ぶのは、可笑しいのですが、早くから、父を失い、いちばん末ッ子であったぼくは、家族中で、いつでも猫《ねこ》ッ可愛《かわい》がりに愛されていて、身体こそ、六尺、十九貫もありましたが、ベビイ・フェイスの、未《ま》だ、ほんとに子供でした。
 ぼくの蒲団をまくった兄は、母から事情をきいたとみえ、叱言《こごと》一ついわず、「馬鹿、それ位のことでくよくよする奴《やつ》があるかい。さア、一緒に、洋服を作りに行ってやるから、起きろ、起きろ」とせかしたてるのです。ぼくは途端に、「ほんと」と飛び起きました。兄は会社関係から、日本毛織の販売所に、親しいひとがいて、特に、二日で間に合うように頼んでやる、というので、ぼくは大慌《おおあわ》てに、支度《したく》を始めました。
 あとになって、判《わか》ったのですが、この朝、老いた母は、六時頃に起きて、合宿まで行ってくれ、また合宿では、清さんがひとり、明方に帰って来ていて、母から話をきくと、一緒に、家まで様子を見にきてくれたとのことでした。清さんは、ぼくを落着くまで、静かにほって置いたほうが好いだろう。背広のことは、コオチャアや監督に、よく話をしておきま
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