ふしん》になり、それとなく尋《たず》ねようとした刹那《せつな》、ぼくは彼の懐中《かいちゅう》にねじこまれている本が前田河広一郎《まいだこうひろいちろう》の※[#二重かっこ開く]三等船客※[#二重かっこ閉じ]なのを見て、ハッとして、「文戦はやはり盛《さか》んにやっていますか」ときいてみると、「えッ」と吃驚《びっくり》したように問い返してから、「いや、ぼくは左翼《さよく》は嫌いだから――」と歪んだ笑いかたをしました。
 ぼくはなんだか、その青年にニヒリズムを感じて、寂《さび》しく、そして、それが米国最後のいちばん強い印象となりました。

     二十一

 行きは、よいよい帰りは恐《こわ》い、と子供の頃《ころ》うたう童謡《どうよう》があります。あの歌のように人生、行きと帰りとではずいぶん気持が違《ちが》うものです。再び、サンピイドロの港、春洋丸の甲板《かんぱん》で、見送りに来てくれた在留|邦人《ほうじん》の方々がうち振《ふ》る日の丸の、小旗の波と五色のテエプの雨を眺《なが》めながら、ぼくはなんともいえぬ佗《わび》しさでした。
 勝って還《かえ》る人達はとにかく元気でした。陸上の東田良平が
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