もん》や菊五郎《きくごろう》はどうも歌舞伎のオオソドックスに忠実だとはおもえません。まア羽左衛門《うざえもん》あたりの生世話《きぜわ》の風格ぐらいが――」など愚《ぐ》にもつかぬ気障《きざ》っぽいことを言っていると、突然《とつぜん》、大広間の奥からけたたましいジャズが鳴り響《ひび》き、続いて、「どうぞ皆さんダンスにお立ち下さい」というマイクロフォンの高声がきこえて来ました。すると奥さんはたいへん丁寧《ていねい》にお嬢さんに向い、「佐保子や、お前坂本さんにダンスをお願いしなさい」と言われたので、ぼくは一遍《いっぺん》に冷汗三斗《れいかんさんと》の思いがしました。改めてお嬢さんの金糸銀糸でぬいとりした衣裳《いしょう》や、指に輝《かがや》く金剛石《ダイヤモンド》、金と教養にあかし磨《みが》きこんだミルク色の疵《きず》ひとつない上品な顔をみると、ぼくはダンスは下手だし、その手をとるのも恐《こわ》くなり、「駄目《だめ》です。ぼくは踊《おど》れないんですから」と消え入りそうな声で、吃《ども》り吃りいいました。お嬢さんはかすかに片頬《かたほお》でほほえむと折からプロポオズして来た陸上のF氏の肩にかるく
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