く》かイブニング・ドレスといった豪奢《ごうしゃ》な宴会《えんかい》で、カルホルニア一流の邦人名士の御接待でした。ぼくの坐った卓子《テエブル》は、沢村、松山、虎さんとぼくの四人で、接待して下さる邦人のほうは、立派な御主人夫妻と上品なお祖母様《ばあさま》、それに二十一になる美しいお嬢さんの御一家でした。
 話をしているうちに偶然《ぐうぜん》、そのお嬢さんがぼくの育った鎌倉《かまくら》の稲村《いなむら》ケ崎《さき》につい昨年|迄《まで》、おられたことが解《わか》り、二人の間に、七里ケ浜や極楽寺《ごくらくじ》辺《あた》りの景色や土地の人の噂《うわさ》などがはずみ、ぼくは浮々《うきうき》と愉《たの》しかったのです。その内に始まった饗応《きょうおう》の演芸が、いかにも亜米利加三界まで流れてきたという感じの浪花節《なにわぶし》で、虎髭《とらひげ》を生《はや》した語り手が苦しそうに見えるまで面を歪《ゆが》めて水戸黄門様の声を絞《しぼ》りだすのに、御祖母様は顔を顰《しか》め、「妾《わたし》はどうしても、浪花節は煩《うる》さいばかりで嫌《きら》いですよ」といわれる。お嬢さんとの会話で気が浮立っていたぼくは
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