した。まるで、泰西《たいせい》名画のみごとな版画をみているように、湿《しめ》り気のない空気が、全《すべ》てのものを明るく、浮立《うきた》たせてみせてくれるのでした。
 突然《とつぜん》、ぼくの脇《わき》に坐《すわ》っていた、坂本さんが、ぼくの横腹をこづきます。ひょいとみると、女子選手ばかりを乗せた、前のバスが、おくれて、こちらの車台とくっつきそうになって走っています。その背後の座席に、あなたが坐っていて、人形をかざし、こちらに見せびらかすようにして顔を硝子《ガラス》に押《お》しつけていました。
 硝子窓に潰《つぶ》され、凹《へこ》んだ鼻をしているその顔がまるで、泣きだしそうな羞恥《しゅうち》に歪《ゆが》んでおり、それを堪《た》えて、友達と笑い合っては、道化《どうけ》人形を踊《おど》らせ、あなたは、こちらの注意を惹《ひ》こうとしていました。恐《おそ》らくぼくを笑わそうとして、無理におどけてみせてくれるのだと、ぼくは考えあなたの故意《わざ》とらしさが悲しく、あなたに似合わない大胆《だいたん》さが苦々しくて、ぼくにはそのとき、あなたが大変、醜《みにく》くみえた。
 とうとう、前の車が故障でと
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