ボオトを漕《こ》ぐことだけに夢中になれたのでした。
練習帰りのある日。いつもの様に、独りとぼとぼ、歩いていると、背後から、飛ばしてきた古色|蒼然《そうぜん》たるロオドスタアがキキキキ……と止って、なかから、噛《か》み煙草《たばこ》を吐《は》きだし、禿頭《はげあたま》をつきだし、容貌魁偉《ようぼうかいい》な爺《じい》さんが、「ヘロオ、ボオイ」と嗄《しゃが》れた声で、呼びかけ、どぎまぎしているぼくを、自動車に乗れ、と薦《すす》めるのです。遠慮《えんりょ》なく、乗せて貰《もら》うと、目貫《めぬ》きの通りにドライブしながら、ぼくの胸にさした日の丸のバッジを見詰《みつ》め、「俺《おれ》は日本が好きだ。若いとき、船乗りだったから、横浜や、神戸《こうべ》に、度々《たびたび》行ったよ。ゲイシャガアルは素晴しいね」とか言い、皺《しわ》くちゃの顔いっぱいに、歯の疎《まば》らな口を開け、笑ってみせます。とうとう、煙草の脂臭《やにくさ》い鼻息に閉口しながらも、親切な爺さんの怪《あや》し気な日本回想記をきかされ、途中《とちゅう》でアイスクリイムまで奢《おご》って貰い、合宿まで送り届けられたのでした。
こう
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