々と、左手にスカアル、右手に、美しい奥さんを抱《だ》いて、艇庫から、船台まで運び、そこで別れの接吻《ベエゼ》などしてから、お互《たが》いに、片手をあげては、スカアルの小さくなるまで、合図を交《かわ》していました。
独逸クルウの誰《だれ》かの愛人《リイベ》とみえる、一人のゲルマン娘は、いつも毅然《きぜん》としていて、練習時間には、慎《つつ》ましく、ひとり日蔭|椅子《いす》に坐《すわ》り、編物か、読書に耽《ふけ》っていて、その端麗《たんれい》な姿にも、心打たれるものがありました。
然《しか》し、ぼく達は、向うの新聞に、オォバアワアクであると、批評されたほど、傍目《わきめ》もふらずに練習を重ねるのでした。外国のクルウが、一、二回コオスを引いて、一日の練習を終るのに、ぼく達は午前中に四回、午後に四回とコオスを引き、それでも、隅田川にいた頃《ころ》に較《くら》べれば、軽すぎるほどでした。タイムは、それにも拘《かかわ》らず、遊んでいるような外国クルウに比し、全然、劣《おと》っておりましたが、ぼく達は、努力しすぎて負けることを、少しも恥《はじ》とせぬ潔《いさぎよ》い気持でした。ぼくも今は、ただ、
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